つきまといと反社会勢力

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要旨

つきまといと反社会勢力に関係があるかもしれないという話題です。

知人からの指摘

つきまといについて心配してくださった知人から、以下のアドバイスをいただきました。 「Webmasterが、近所の反社会勢力構成員と間違われて、警察が監視しているのではないか?」

昭和に読んだ漫画の話です。 あすなひろしという漫画家さんが、引っ越しで知らずに反社会勢力の組長の近所に行ってしまい、間違われて警察に監視されていたという実体験を書いていました。

そこで、webmasterの近くに反社会勢力がいたかどうか思い出してみました。

時系列 (2017年7月23日に追記)

1980年頃 深夜の騒音
その頃は、実家が大田区の住宅街にあるマンションの一室でした。 近所のお屋敷がなくなって跡地が広い駐車場として利用されていましたが、毎日午前1時から、停車している車のクラクションが突然鳴り続ける日々が続きました。 地元の噂では、地上げ屋による近所への立ち退き要求だったそうです。
1986年頃 交通事故の相手その1
ビジネスショウ会場でプログラムのデバッグをした後、午前1時頃にスタッフを自家用車で送り届けようとしていました。 九段坂上交差点で内堀通りから市ヶ谷駅方面に左折しようとしたところ、右折レーンから左折してきた車にぶつけられました。 自動車事故の任意保険を契約していた東京海上火災に手順通りに連絡したのですが、窓口をたらい回しにされようやく本社の交渉係に連絡がつきました。 ところが、数か月経っても連絡がないので、契約更新のタイミングで保険会社を乗り換えようとしたところ、慌てた東京海上火災から連絡が入りました。 「事故相手の父親が、自動車事故の示談屋で立ち回りがうまく、事故車両が廃車になってしまったので金額計算できません。 交渉不可能です。」 とのことでした。 この示談屋が反社会勢力だったので、東京海上火災はビビっていたのではないかと疑っています。
1987年頃 大学の研究室にて
Webmasterが大学の4年目以降、研究室に所属して研究していた頃の話です。 この研究室では、「コンピューター関係の(当時ITという言葉はなかった)ベンチャー企業でアルバイトをしている」と言うと、必ず「ヤクザなベンチャーね」と言い返されるのがお約束でした。 SoftBank (当時はパソコンソフトの卸が本業で、販売促進のために月刊誌を発行していました)でも「ヤクザなベンチャー」と呼ばれていました。 確かにIT業界で36年間仕事をすると、ベンチャー企業経営者の9割が金の亡者であることに気づきます。 ヤクザ映画に出てくる人たちはそれなりの厳しい内輪のしきたりがあるようですが、ベンチャー経営者には歯止めがないだけもっとひどくなります。 2017年では、IT系の大企業であってもベンチャー同様です。
Webmasterが修士課程を学んだ研究室の3年後輩は、学部卒で某大企業に入り、奥さんと二人の娘がいながらパソコン部門の課長をしている時にセクハラ事件を起こして左遷になりました。 左遷が嫌でベンチャーを起業し、愛人に給与を支払っています。 ヤクザよりよっぽどひどいような気もしますが、顔が良いのでNHKの番組で『やめナントカ(本当はここに会社名が入る)』と持ち上げられました。 某番組司会進行役の外見のモデルにもなっています。
1987年頃 交通事故の相手その2
横浜市緑区を自家用車で走行していた時のことです。 平日の日没1時間前、対向車線は渋滞で止まっていました。 制限速度ギリギリ60km/hで走行する前車を、安全車間だけ空けて追走していました。 前走車の通過直後に対向車の間から突然自家用車が長くノーズを突き出し、こちらは急ブレーキでも止まりきれずにぶつかりました。 相手は地元自動車整備工場の経営者の息子で、得意先に新車を納品しようとして工場敷地を出た直後でした。 双方の車を整備工場の敷地内に停め、警察を呼ぼうと歩き出したところ、相手に因縁をつけられました。 「大事な客先に納品する車を事故車にしてくれて、どうするんだ! この道をあんな速度を出して走ってくる奴があるか! お前がヘッドライトを点けていなかったから、いるのがわからなかった!」 態度はチンピラそのもので、その場で殴られました。
1990年 実家の近所
1990年に実家が武蔵野市吉祥寺駅前に引っ越しました。 オートロックマンションの9階で、京王線吉祥寺駅が見下ろせましたが、毎週末になると京王線吉祥寺駅またはそばの公衆トイレが放火されていました。 噂によると、地上げ立ち退き圧力だったそうです。 また、隣の部屋は女性が一人で住んでいて、よく男性が訪問していました。 深夜に自宅カラオケで騒いだり、ベランダの手すり伝いに飼い猫がこちらまで進出したりしていました。 家族が仕入れた噂では、反社会勢力関係者だったようです。
1990年 ベンチャー会社社長
1990年の前半に仕事をしていた会社の社長は、反社会勢力に知人がいました。 彼は高校時代に家出して、エロ本の撮影現場でバイトしていたそうです。 契約を守らない取引先に圧力をかけるため、強面の正社員にサングラスをかけさせて打ち合わせに連れて行ったこともあります。 当時MPEG1の規格制定前で、Intel DVIというほぼ同じ技術がありました。 この会社は、Intel DVIを使ってアダルトビデオの販売促進を企画していました。 当時Intel DVIの動画エンコードには、Intel本社に1台しか無いi386の32台並列処理マシンと専門のオペレーターが必要でした。 アダルトビデオのエンコードを依頼したところ、Intelの女性オペレーターに「セクハラだ」と言われて騒ぎになりました。 会社名を隠して、日経エレクトロニクスの記事に載っています。
この会社に、反社会勢力の営業が来たこともあったそうです。 興信所の営業を名乗る男が飛び込み営業でやってきて、サービスの加入を強引に迫ったそうです。 断ると、「もっと判断力のある社長さんかと思っていました」と捨て台詞を吐いて去っていったそうです。 その話を聞いたwebmasterは、念の為営業が座っていた椅子の付近から怪しい電波が出ていないか調べてみました。 144MHz帯と430MHz帯をハンディのアマチュア無線器でスキャンしても、ハウリングが発生しなかったことを覚えています。
1990年頃 NTT電話にノイズ
吉祥寺のマンションで、NTT電話に突然ノイズが乗るようになりました。 NTTを呼びつけて調べてもらいました。 「1階から9階まで電話線の配電盤を確認してくる。30分で戻る。」 と言われたのに、戻ってきたのは2時間後でした。 何があったのか話してもらえませんでしたが、ノイズはなくなりました。 Webmasterの父は「公安に目をつけられて盗聴器をつけられたのではないか?」と言っていましたが、心当たりはありません。
1990年 某企業の管理職
1990年の秋に入社した会社では、直属上司の態度がヤクザそのものでした。 邦画『戦場のメリークリスマス』でビートたけしが演じていた役を、可能な限りひどくした感じです。 Webmasterの父は「東証一部上場企業にそんな従業員がいるはずない。何かの間違いだ。」と言っていました。 その人はなぜか会社内では『優秀』と評価されていました。 Webmasterは「その人を見習え」と指示を受け、「本当に見習っていいのか?」と何度も確認してから真似しました。 予想通り、数カ月で社内から苦情がきました。 課長に届いた苦情を無視したところ、部長宛に再度苦情が来ました。 以下、その時に部長、課長、webmasterの三人で交わした会話です。
部長
「なんでこんなことをしたのか?」
webmaster
「優秀な人を真似しろと指示を受けました。」
部長
「悪いところを真似することはないだろう。」
webmaster
「この会社は善悪の判断ができないのかと思っていました。彼らが悪いことをしているという認識があるのなら、何故注意しないのですか。」
部長と課長
「...」
webmaster
「悪いところを真似したとおっしゃいますが、彼らに良い所があるのですか?」
部長と課長
「...」
webmaster
「優秀な人の行動を真似したのに、何故私だけ注意されるのですか?」
部長と課長
「...」
この会話で解散したのですが、会議室の外で聞き耳を立てていた社員がいました。 Webmasterに聞こえるように「殴ってやろうかと思った。」と言っていましたが、実行に移したのは半年後です。 人事や総務に根回しして、仲間を集めて、警備員を追い払う準備に時間がかかったようです。
1990年代前半 つきまといはじまる
この頃つきまといが始まりました。 ターゲットはwebmasterだけでなく、同居の妹や母も対象になりました。
1990年代前半 ドイツ車による嫌がらせ
Webmasterは1991年にAE-101の新車を買って、20年間乗りました。 購入直後から、ドイツ車による嫌がらせがありました。
中原街道で架け替え中だった丸子橋合流にて
2車線が1車線に減るところで、交互に合流していたのに、BMWに合流を邪魔されたことがありました。
中原街道で架け替え中だった丸子橋合流にて
2車線が1車線に減るところで、交互に合流していたのに、割り込もうとしたAMGにぶつけられたことがありました。
環状8号線内回り下丸子付近にて
右車線を走っていたBMWが真横に並んで、大きく蛇行していたことがありました。
石川台ファミリーレストラン駐車場にて
食事を終えて自分の車に戻ろうとしたら、そばに駐車したBMW車内から2人の男性が睨んでいたことがありました。
当時ドイツ車ドライバーのマナーの悪さが話題になっていましたが、今思い返すと他に何かあったのかもしれません。
1990年代前半 暴走HONDA車
暴走HONDA車と正面衝突しそうになったこともありました。 当時、神奈川県の丹沢湖周辺をドライブしていた時のことです。 丹沢湖北側を通る県道729号線から2本の橋が丹沢湖を超えて南側の道路につながっていました。 現在は、南側の道路が完全に一方通行になっていますが、当時は駐車スペースの東側が両方向に通行でき、気づかずにそのまま一方通行を逆走する車もありました。 Webmasterは事前に地図を下調べしてあったので、指定通りの方向に走っていたのですが、一方通行部分を逆走してきたHONDA車とブラインドカーブで正面衝突しそうになりました。 HONDA車は若い男性が運転していて、助手席には若い女性がいました。 すれ違いざまにHONDA車のドライバーから「クォノォーッヴォケッ」と大声で怒鳴られました。 怒鳴られた理由は今でも理解できません。 当時流行りのくさび形デザインでリトラクタブル・ヘッドライト(会社のエンブレムは確認したけど車種不明)の白いHONDA車に、競技車両のようなステッカー(自動車部品メーカーやオイル会社)がベタベタ貼ってありました。
1990年代後半 近所のオバチャンによる監視
木造アパートの2階の一室を借りて住んでいた時の話です。 隣の敷地の一軒家に住むオバチャンが、webmasterの外出を確認しては「出たわよ!出たわよ!」と大声で叫んでいたことがありました。
1990年代後半 隣室の大学生
木造アパートの隣室に大学生が引っ越してきたことがありました。 Webmasterの出身大学の理工学部に入学して引っ越してきた言っていました。 深夜にマージャンをやって大声を上げるくらい、若者のことなので大目に見ていました。 不思議なのは、理工学部の4年間で一番忙しくなる時期の4年目12月末に出て行ってしまったことです。 卒業論文を書かなくても良かったのでしょうか? まるで、文系学生のような行動でした。
2005年頃
この頃常駐していた会社は、反社会勢力と裁判で争っていました。 同僚から聞いた話では、webmasterが参加する前に納品したソフトウェアを反社会勢力が違法コピーして版権で争っていたとのことでした。
2008年 町内に反社会勢力
Webmasterは2008年に松戸へ引っ越しました。 駅までの最短距離ルートを歩いていた時、ビルの上の方から齧ったレモンを投げつけられました。 わたしゃ聖橋から見える中央線電車ではありません。 後から地元の人に教わったのですが、そのビルには反社会勢力が入居しているそうです。2017年5月10日の発砲事件以降、警察が24時間監視しています。
2010年 父の入院先
2010年秋に、老人ホームにいたwebmasterの父が誤嚥性肺炎で3度めの入院をしました。 入院した病院の立地は、反社会勢力同士の抗争で怪我人が運び込まれてもおかしくない場所でした。 入院手続きを進めている時に受付の人から「患者さんが入院していることを、第三者に訊かれても答えない扱いにしますか?」と訊かれました。 Webmasterは、「反社会勢力向けのサービスだから、一般の人が利用すると無用の誤解を招く」と主張したのですが、webmasterの妹は「個人情報保護が進んでいるだけだから、積極的に利用する」と主張して利用を決めました。
2012年年頃 LSIの資料請求
この頃、LinuxでデジタルTVの受信実験をしていました。 なぜかデジタルTV関係のLSIだけデータシートが手に入らず、『TS抜き』と呼ばれるパソコンインターフェースを販売している会社に問い合わせしていました。 グレーゾーンの業界なので、中には怪しい会社があったかもしれません。
2014年 CQ出版社に押しかけた詐欺師
2014年5月16日に『トランジスタ技術』の編集長からメールが届きました。 「仕事のためにエンジニアを紹介してくれ」と言って毎日編集部へ押しかける人がいるので対応して欲しいとのことで、会って商談しました。 詳細は こちら に書きます。
2017年6月1〜2日 花蔵院にてお坊さんの会合
Webmaster自宅から道路をはさんだところに、花蔵院というお寺があります。 2017年6月1日に、そのお寺の境内の隅っこに仮設テントが立てられ20人ほどのお坊さんが集まっていました。 花蔵院の入り口には『大和和尚をしのぶ』とか書かれた立て札もあります。 2日も同様にお坊さんが集まっていました。 複数の地方ナンバーの自家用車で集まってきているのに、みな同じ袈裟で暗い衣装に紅い帯です。 運転しているお坊さんも、現地で着替えずに袈裟で運転しています。 ステーションワゴンに4人乗車のお坊さんは、後席の二人が両足を前席ヘッドレストの脇に投げ出してタバコを吸っていました。 皆さん眼光鋭く歩行者を睨みつけ、猫背気味に歩き、袈裟がすぐに乱れて直しています。
試しにネットで『大和和尚』を検索してみましたが、大勢のお坊さんが集う理由は見つけられませんでした。
集まった人たちが、普段見かけるお坊さんとあまりにも立ち居振る舞いが違うので、13:05に110番通報しました。 110番通報した直後から、自宅の上階203号室で人が室内をせわしなく歩きまわる音が聞こえ、5分後に玄関から出て行きました。 2日の16時に買い物にでかけた時は、立て札も仮設テントもきれいに撤収してなくなっていました。
2017年6月3日 24時間監視の終わり
最初の発砲事件翌日から反社会勢力事務所を見張っていた警察車両が、前日を最後に一旦いなくなりました。 2回めの発砲事件翌日から復活しています。
2017年 6月上旬
近所を散歩中に、いつもと違う景色を目にしました。 平日の日中に外食ついでに散歩していて、最寄りの神社までお参りに行きました。 なんと神社の参道に警察のワゴン車が停車しています。 中の警察官に話しかけたところ、「神社へのお参りに影響ない」との事だったので、お参りをすませてすぐに立ち去りました。 後から地元の人にきいたところ、神社の近くに反社会勢力の偉い人が住んでいるそうです。 どうりで警察のワゴン車だけでなく、クロネコヤマトのトラックも停めっぱなしだったわけです。
2017年 6月下旬
自宅にいたところ、22時頃室内で硝煙の匂いがしました。 なぜ硝煙の匂いを知っているかというと、子供の頃さんざんモデルガンで遊んだからです。 前後の時間帯に屋外から異常な物音は聞こえていません。 10分後に、自宅前の道路をパトカーがサイレンを鳴らして通り過ぎました。 翌日の報道を詳しく調べたのですが、該当する事件の記事は出ていません。
2017年6月27日午前10:30頃
早めの昼食に行くため、松戸市胡録台を歩いていました。 急に硝煙の匂いがしたと思ったら、サイレンを鳴らしたパトカーとすれ違いました。
2017年7月2日23:00〜7月3日1:00
アパートの近所が騒がしくなりました。 7月2日23時頃から、203号室のドアが頻繁に開いて人が出入りしています。 屋外で人の話し声がします。 ときどき高笑いも聞こえます。 話している内容は聞き取れませんが、イントネーションは広東語か北京語に聴こえます。 110番通報するほどではないので、翌日アパートの管理会社に電話して203号室の入居者にクレームを入れるよう依頼しました。
2017年7月
2回目の発砲事件以来、警察車両が反社会勢力の事務所を24時間監視しています。 ときどき、足立ナンバーの覆面パトカーや、千葉県警の広域パトカーが監視しています。
2017年
Webmasterの実家に、高い頻度でいたずら電話がかかってくるそうです。

2017年6月20日 初出

2017年7月23日 追記

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