音響工学の教科書が、動電スピーカーの動作原理を正しく説明していないという話です。 世の中で、「オーディオスピーカーの駆動力は印加電圧に比例する」という誤解が広まっている原因です。
本屋で音響工学の書籍を見繕っていたら、コロナ社刊城戸健一著『音響工学』のP.96に、「均一磁界中のコイルの起電力電圧はコイルの移動速度に比例する」と解釈できる記述を発見しました。 Webmasterの理解と矛盾するので、音響工学の書籍をいくつか読んでみました。
まず、国会図書館でディジタルアーカイブを読んでみたところ、以下のような発見がありました。
引用図1と引用図2はブラウザ上で縮小表示しています。 読むときはビットマップをコピーしてください。 (Webmasterの注 引用図1の式(4.2)と引用図2の記述『音声入力電流Iに基づいて振動板側に発生される起電力はBlIのように書き表されることになる。』は成立しないことを後で述べます。 )
オーム社 1957年刊 斎藤亥三雄 竹内竜一共著 音響工学 P.84 には、以下のように書いてありました。
『そして運動の方向と、機械力の方向が一致するときには次の式が成立する。
f=γi, e=γv』
(Webmasterの注 {fは駆動力、γは磁束密度×導線長、iは電流、eは逆起電力、vは導線の移動速度}e=γvは成立しないことを後で述べます。)
コロナ社 1957年刊 伊藤毅著 音響工学原論下巻 P.528~529には以下のように書いてありました。
『定電圧駆動の場合に音声線輪に発生する起電力は
(21) F = BlI = BlE/ ZfE (N)』
『定出力域においては電気自由インピーダンス| ZfE|はほとんど一定値であり、』(Webmaster注 インピーダンスの絶対値は高域になるに従って大きくなります)
さらに、大型書店に並んでいる音響工学の書籍を読んでみましたが、2019年現在発行されている書籍も、1960年代の書籍とほぼ同じことを言っています。
「導線の移動速度と逆起電力が比例する」という誤解がなぜ生じたのかを説明します。
誤解のわかりやすい例は、引用図1の中の図4.1(b)に書かれています。
図3(a)は、よく物理学の教科書に出てくる例で、誤解のもとになっています。 長さlの導線が磁束密度Bの均一磁界中を速度vで移動すると、Blvの起電力が発生します。 閉回路の面積が単位時間あたりlv増えるのがポイントです。
引用図1の中の図4.1(b)は誤解で図3(a)が正解です。 図3(a)が表現していることは、「閉回路を横切る磁束が時間変化する時に起電力が発生する」という理論です。 引用図1の中の図4.1(b)は、図3(a)の中の移動する導線だけに着目し「磁束を速度vで横切る導線に起電力が発生する」という間違った理論を主張しています。
このMaxwellの方程式の一つの積分形が、図3(a)の根拠です。 音響工学の方程式を「正しい」と言い張るのであれば、Maxwellの方程式を変形して導くか、Maxwellに代わる理論を確立してください。 どちらも無理だと思いますが。
スピーカーユニットでは、図3(b)が起きていて、「閉回路を横切る磁束」は時間変化していません。 図3(b)をわかりやすく図3(b')に等価変換しました。 閉回路の左側の導線が左に移動することで閉回路を横切る磁束は増えますが、右側の導線も同じ速度で左に移動しているので同じ量の磁束が減っています。 つまり、スピーカーユニットのコイルが移動しても、コイルを横切る磁束は変化ゼロだからこの原理による起電力はゼロというのが正しいのです。
ちなみに電圧計を外してしまうと、閉回路ではなく開放端になってしまうので、図3(a)でも電圧は発生しません。 一点アースが重要という話も、同様です。 ループしたGND回路に電磁波が飛び込むと、ループ中の総磁束が変化してループに電圧が発生します。 一点アースを守ってGND回路がループしていない限り、導線近傍で磁界が変化しても電圧は発生しません。
2019年6月30日 初出
2023年1月14日 追記